雑記046 内藤記念くすり博物館見学

雑記

内藤記念くすり博物館へ行ってきました。この博物館は,大手製薬企業のエーザイ創始者の内藤豊次氏によって,医薬の歴史・文化に関わる史資料,図書の収集・保存,調査研究,普及などを目的に1971年につくられた博物館です。収蔵資料は65000点で見ごたえがあります。隣に附属の薬用植物園があり,約700種の薬草・薬木が育成されています。また前庭には広い薬草園があります。博物館の奥隣りには図書館も2005年につくられています(時間の都合で見られませんでした)。

図1 くすり博物館と薬用植物園

アクアトトの東南東,2kmほどのところにあります。全館無料です。10名以上で予約すれば工場見学もできるようです。図1の三角形の屋根のところが博物館で,右端にある温室が薬用植物園です。博物館や植物園の正面にあるのが薬草園(左下)です。
所在地は岐阜県各務原市川島竹早町1

図2 博物館内部1
図3 博物館内部2

図2の左の壁にある絵は薬草採集の絵です。わが国最初の薬草採集は,611年に推古天皇が菟田野うだの(奈良県宇陀市)に出かけた薬狩りだそうで,出かけた5月5日を薬日くすりびとして,軒先に菖蒲やヨモギを下げ,菖蒲湯に入り1年の健康を祈願しました。「端午の節句」の日に菖蒲湯に入る風習の始まりかもしれません。

図4 白沢
図5 経絡人形

図4は白沢はくたくと呼ばれるものです。白沢は古代中国の想像上の神獣で,6本の角,9個の目を持ち,人の言葉を解し病魔を防ぐと信じられてきました。日本では病魔除けや旅の守り神とされました。江戸後期にコレラが大流行したときには,白沢の絵が売り出されたそうです。
図5は江戸時代初期に作られた貴重な経絡けいらく人形です。東洋医学において、ツボ(経穴)の正確な位置を学習するために使用されていました。人形の表面にはツボを表す小さな穴や印が多数つけられており,当時の医療技術を伝える資料となっています。

図6 葛根湯
図7 生薬

図6の葛根湯かっこんとうくずの根を主成分とした代表的な漢方薬で,発汗作用が効能となり初期の風邪,鼻水,頭痛,肩こり,筋肉痛などに現在も使われています。一番左上が葛根でその右下が芍薬しゃくやくの根です。
図7は生薬しょうやくの例で,動物・植物・鉱物から採取したものを加工して薬用とします。現在でも医薬品として用いられているものもあります。漢方薬は漢方医学の理論に基づいて処方された薬で,主に生薬を組み合わせたものです。アフリカサイの角,蛇の腹部乾燥物,オットセイの陰茎,クマの胆嚢(熊胆ゆうたん),ミミズの乾燥物,セミの抜け殻,ヘビトンボの幼虫(孫太郎虫),冬虫夏草,タツノオトシゴ,馬の腸内結石,胎盤の乾燥物などが展示してあります。

図8 征露丸や仁丹の商標
図9 華岡流手術道具

図8の左下の征露丸(現在は正露丸)は日露戦争にちなんでつけられた名です。仁丹は1905年(明治38年)に開発され,桂皮や木香,生姜など16種類の生薬を配合して丸め,銀箔でコーティングした口中清涼剤です。
江戸時代の医師・華岡青洲は1804年に世界で初めて全身麻酔剤「麻沸湯まふつとう」による乳がん摘出手術を成功させたことで有名です。西洋で全身麻酔が確立される約40年も前のことです。彼は曼陀羅華まんだらげ(チョウセンアサガオ),烏頭うず当帰とうきなどを調合した「通仙散つうせんさん(麻沸散)」という経口麻酔薬を開発しました。これらも展示されています。図9の華岡流はなおかりゅう手術道具は華岡塾で学んだ山本初平が使用した手術用具です。

図10 ツベルクリンとBCG
図11 ペニシリン

ツベルクリン(Tuberculin)とは結核菌の培養液から作られるタンパク質成分で,体内に結核菌に対する免疫があるかどうかを調べるための検査薬(抗原)です。BCGワクチンはウシ型結核菌を用い,毒性を弱めてつくった生ワクチンで,結核菌に対する免疫をつけて結核を予防します。
ペニシリンは,1928年にイギリスの細菌学者A.フレミングによって青カビから発見された,世界で初めての抗生物質です。細菌の細胞壁の合成を阻害して殺菌する働きがあり,肺炎や梅毒などの治療に現在も重要な役割を果たしています。日本最初のペニシリンは当時の敵国のイギリスで開発されたため,陸軍軍医学校の稲垣克彦軍医少佐が東京帝国大学医学部の梅澤濱夫と共同で1944年に開発し,青カビの青緑色にちなんで「碧素へきそ」と名付けました(ペニシリンの呼び名は敵性語禁止のため)。図11中央の碧素アンプルは「重要科学技術史資料」に登録された日本でも重要なアンプルです。

図の解説は展示に付けられている説明を主に参考にしています。

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