雑記042 木曽福島の見学

雑記

木曽福島の町並みを見てきました。中央線で木曽福島の街を通過することは子供のころから何度もありましたが街歩きはしたことがありませんでした。長野県木曽郡木曽町福島は,中山道の37番目の宿場町(福島宿)で代官も置かれた木曽地域の中心地です。木曽福島町は2005年に日義村・開田村・三岳村の3村と合併して木曽町となっています。木曽町は,西に木曽御嶽山(山頂付近はまだ雪をかぶっていました),東には中央アルプス木曽駒ケ岳がそびえています。町の中央には木曽川が流れ,その流域に沿って国道19号とJR中央本線(中央西線)が走っています。中山道には69の宿場町がありますが,そのうち11が木曽地域に位置し,「木曽十一宿」と呼ばれています。妻籠宿(42番目)・馬籠宿(43番目)も有名です。木曽路は2016年に日本遺産に認定されています。紹介する所のほかにも興禅寺(木曽義仲の墓)などいくつも見どころがあります。ただ,昭和2年に起きた火災で多くの史跡は消失しています。

見学地地図       地形図は地理院地図を使用
図2 福島関所跡(復元)箱根,新居,碓氷とともに4大関所の一つといわれます。入鉄砲出女を厳しく取り締まったことで知られています。
図2 関所資料館(復元)
図4 高瀬家資料館 入口 神道信仰により,入口が鳥居の形をしています。藤村の小説「家」のモデルとなったところです。
図5 高瀬家資料館展示物 高瀬家は島崎藤村の姉のそのの嫁ぎ先で,関所の役人もしていました。
図6 高瀬家資料館展示物
千曲川の歌 大正6年,藤村が16代高瀬兼喜に宛てたもの
図7 高瀬家資料館展示物 7代当主の高瀬金右衛門が江戸に出府したときに製法を習って作り始め,9代の高瀬新助文左衛門が,家伝薬として製造していた「奇応丸」を行商できるようにし全国に広めたそうです。
図8 高札場 お触れなどを示したり,距離をはかる基準にもなったようです。実物の2/3に縮小して復元してあるそうです。
図9 旧町並み  袖うだつ,出梁造り 千本格子などが見られます
図10 旧町並み 袖うだつ,出梁造り 千本格子などが見られます。2階の両側にある白く細長い逆三角形のものが袖うだつです。
中二階の下から出る軒を下から梁が支えています。
図11 旧町並み 左下に上の段用水が見られますが,この日は水は流れていませんでした。
図12 旧町並み 古井戸 江戸時代の中頃につくられたもので,昭和の中頃まで使われたようです。上からのぞくと,ふさがれることなく底の方がのぞけます。

そでうだつ:町家で2階の軒下両側に張り出した,瓦屋根を持つ小壁のことです。防火(隣家からの延焼防止)を目的としています。
出梁造だしばりづくり:中二階(低い二階)の梁を外側に張り出し,その上に軒(庇)を支える構造を持つ造りです。二階が道路側にせり出した重厚な外観で,主に江戸~明治期の旅籠や町家で見られます。
千本格子せんぼんごうし:縦の細い木材を非常に細かい間隔で並べた,日本の伝統的な組子文様や建具です。

図13 親水公園 行人橋の左詰めから木曽川に降りたところで,美濃帯の味噌川コンプレックスと呼ばれる暗灰色の泥質岩中にさまざまな大きさの礫を含んでいます。
図14 親水公園 足湯 親水公園への降り口にあります。各自が木のふたを取って使うようです。暖かな湯でした。行人橋は御嶽街道の起点に当ります。
図15 山村代官下屋敷 築山泉水式庭園 山村良勝の屋敷の一部で,木造平屋建てで1723年に再建されたものだそうです。
図16 山村代官下屋敷内部 山村氏は尾張徳川家重臣として木曽代官をする一方,福島関所を守る役目があり,交代寄合の旗本の格式を与えられていました。

高瀬家をモデルにした小説「家」は岩波文庫で1969年に出版されています。青空文庫でもWebサイトで無料で読むことができます。また,YouTubeでも映画化されたものを見ることができます。

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